スピリチュアル雑記

ヒーラー「小田原篤弘」が、ヒーラーの視点から、日常を綴っています。
繊細な人達へ
5月の「イルカくん&いるかちゃん」からのメッセージは、
「繊細に感じ取っている自分自身を大切にし、現実に活かしていきましょう! 〜女性意識の目覚め〜」
でした。
http://www.dolphin-life.com/spi_tv/monthly.html


これまでの時代は競争社会・・・
受験戦争に就職活動、出世競争、更に最近では婚活・・・

人生を勝ち取るために必死に頑張らなければいけない状況が次々やってきます。

そんな時に周りを思いやる優しさ、
周囲のエネルギーを感じ取る繊細さは、
二の次となるのが一般的でした。


どちらかというと、
今までは世の中をふてぶてしく生きて、
自分のことを優先する方が
うまくいく生き方という風潮がありました。


周りのことを繊細に感じ取り、
優しく振舞うことは生きにくく、
どこか損なことと考えられてきました。


そんな荒々しい社会は、
繊細な人にとっては周囲で起こるすべてが痛々しく感じられ、
生きにくかったことと思います。


私も子供の頃から、周囲のエネルギーを敏感に感じ取ってしまうタイプでした。


「この人はイライラしているな。」
「簡単には解決できない問題を抱えているんだな。」
「この人、自分のことあんまり良く思っていないなぁ。」


色々と感じ取ってしまうのですが、
相手の反応を気にして言えなかったり、
子供なのでうまく言葉にできなかったりしました。


自分への信頼や強さが充分でないと、
説得力のある言葉も出てきません。


すると周囲の人には何を感じているのか、
考えているのか伝わりません。


自分が感じていることが共感されず、
知られることがないことは寂しいことです。


また表現したとしても、
相手に同じ感性がなければ「何を言っているんだ?」と、
理解してもらえません。


しかし、これからの時代はこの繊細さが求められる時代に
なっていくと思います。


確かに今までは利己的であっても、
能力があれば組織に受け入れられ、評価されました。

しかし、世の中のシステムが崩壊していく中で、
今まで自分が拠り所にしてきた組織や経歴、技術、資格などが
あっという間に役に立たなくなる事態が生まれています。

仕事の基本は、「自分は人のためにどのように役に立てるか?」です。
自分の持っている能力、物を人に分かち合い、役立てることで成り立ちます。

そのためには、相手のニーズを繊細にキャッチする能力が不可欠です。
そして、どれだけ相手のために役に立ちたいと思っているかが大切になってきます。

これは今も昔も変わらない原則ですが、
この不透明な時代、そしてこれからの新しい時代には
よりクローズアップされてくると思います。



どのように自分を相手のために生かせるかということを探し、
サービスやシステムに落とし込めるかは自分次第であり、
非常にクリエイティブなことです。

繊細にキャッチしたことを、サービスとして提供することで、
世の中に新しい価値を生み出すことができます。

繊細にキャッチしたことを言葉や芸術として発信すれば、
多くの人にとっての気づきとなり、大きな社会貢献となります。



人のニーズをキャッチする繊細さは、
自分を優先する生き方だけでは生まれてきません。
今は、女性的な感性、利他的であることが求められているのです。


今まで、自分の繊細さの価値を自分で認められず、
社会的にも評価されなかった人たちがたくさんいらっしゃると思います。

どうか自分の「繊細さ」を大切にしてあげてください。
「繊細」であることは、弱く、傷つきやすいと卑下せずに、
「繊細」であることをポジティブに認めて肯定してあげてください。
他人の気持ちに気づき、思いやりを持ち、
優しい自分の価値を認めてください。


繊細でいていいのです。
それは、あなたの良さなのです。

強がる必要はありません。
隠す必要もありません。

逆に、繊細に感じ取っている自分自身に誠実でいましょう。
あなたが普段感じていることは素晴らしいことなのです。


繊細に感じ取る能力は、誰もが潜在的に持っています。


自分は繊細ではないと思われる方も、
過去の体験で感受性が傷つき、
麻痺してしまっているだけの場合が多いのです。

そういう方は、
望んでいない現実を我慢して受け入れざるを得なかった体験があり、
苦しく辛い感情をたくさん抱えています。

もし過去に、あるいは現在に思い当たることがあれば、
辛かった時の感情を思い出し、解放してあげてください。
じっくり自分を見つめ癒していけば、
感受性を取り戻すことができます。


自分の繊細さの素晴らしさを認めることができたら、
それを今度は建設的に表現してください。

今まではそんなことをしたら弱い者としてのレッテルを貼られ、
いじめられたり、攻撃されてしまい、
その恐怖から繊細さを表現することを抑えてきたかもしれませんが、
今は個性や多様性が認められる時代になってきました。
今はその繊細さを自分の強みとすることができるのです。


繊細さや優しさを保ちながら、それを社会の中で活かし、大胆に行動する・・・
そんな「人間力」を身につけていきたいものです。


小田原篤弘

| 篤弘 | 日記 | 15:13 | comments(1) | trackbacks(0) |
私達が地球に貢献できること
最近は地球環境の問題に真摯に取り組まれている企業や団体が増えてきました。

「私も地球環境のために何ができるだろう?」と考えました。

1人でできることには限りがありますが、庭に小さな畑を始めました。
3月には、姫大根、ラディッシュ、ルッコラを収穫し、食卓を飾りました。
まだまだ慣れない作業ですが、少しずつエコライフに変わっていければと思っています。


しかし、私達一人一人がもっと地球に貢献できることがあります。

それは自分の心をよく知り、愛し、大切にすることです。

私達は地球環境問題を考えるとき、
どうしても環境と人間を分けて考えがちですが、
人間も地球の一部であることを忘れてはいけません。

無意識の心の部分では地球も人間も分け隔てなく繋がっています。


私達人間は、自覚はないかもしれませんが、
硬直した社会システムを自分自身に課して、
自分達の心に対してストレスをかけ、
粗暴に扱い、抑圧し、破壊しています。

人間が地球環境を破壊したように、
目に見えない領域である心の領域でも
人間は破壊活動を行っているのです。

心の中で起こっていることが、そのまま外に表れます。

自分に対する抑圧や破壊が、今、犯罪や紛争、金融危機、貧困問題、
格差社会といった危機となって表れ、社会問題となっています。

これは当事者だけの自業自得の問題ではなく、社会全体の問題です。

みんな見て見ぬふりをして、平静を装っていますが、
内心はその犠牲者になることを恐れながら、
必死でもがいている状態であり、
私達の心は病み、傷ついているのです。

しかしこのままこの社会システムを続け、
私達の心にストレスをかけ続けるのであれば、
ますます大きな紛争などの
社会問題へと発展するかもしれません。

私達は今こそ、
自分達の心の奥の繊細な部分が訴えている声に
耳を傾けなければいけない時期に来ているのだと思います。

あらゆるシステムが硬直し、
先が見えない今の世の中では、
すべてを溶かし、緩ませる、優しさ、母性、寛容さを必要としています。

優しさ、母性はあなたの中の弱さに耳を傾け、
繊細さを大切にする心から生まれます。

一人一人が繊細に感じていることが大切にされ、
尊重されれば、もっとゆとりのある社会へと変わっていくでしょう。

競争を迫られ、自分にストレスをかけて、
無理して頑張らなければいけないシステムから、
必要以上の競争がなくなり、暮らしやすくなるでしょう。


私達一人一人が心に関心を持ち、
抑圧を解き、ケアしてあげることが求められているのだと思います。
それが地球を助けることになるのです。


現在の社会状況は、一見すると悪いことがたくさんあるように見えますが、

私達が繊細な自分を含めすべての意識を統合し、
スピリットの時代となるために、必要なプロセスなのでしょう。


小田原篤弘
| 篤弘 | 地球環境 | 15:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
コミュニケーション
先週、個人セッションをしていて感じたことを書きたいと思います。

個人セッションで問題になっているところを掘り下げていくと、多くがコミュニケーションの問題に辿り着きます。
コミュニケーションがうまくいかず、不満に感じていたり、コミュニケーションすること自体が面倒臭くなったり、恐怖を感じたりしていることが多いです。
その原因の多くは、コミュニケーションの場で、「自分の意見は取るに足りない」「自分には話す価値がない」と感じて、自分の思いを話すことを遠慮してしまうようです。
結果的に思いをうまく伝えられずに、不満がつのります。
そして話を聞いてくれない相手と話したくなくなったり、不快に感じたり、嫌いになったりします。

私達は瞬間瞬間に何かを感じています。
まして、会話の中では話題ひとつひとつに何かを感じています。
でも、私達は、自分の感覚を信頼できないと、「自分が感じていることは正しいんだろうか?」「自分の感じていることは大したことがない。」と思ってしまいます。
そして、自己信頼している人や、力が強そうに感じる人の前では、自分に対する無価値観が増して、自分から表現することをやめたり、遠慮して口をつぐんでしまいます。
本当は「こうだったよね〜」とか「そうそう!」とか「こんな感じだったね。」と素直に感じたことや共感したことを表現したいのに、できなくなります。

本当は、人の感じていることに優劣はなく、それを表現していいし、表現する権利はみんなにあるのです。


感じるには、まずハートのスペースに入ることが大切です。

普段は頭を使って、いろいろ考えてしまい、意識があちこちに飛んでしまいがちですが、その意識をハートに戻すことです。
そして、その感じたことをハートからゆっくりと話しましょう。
ハートからの言葉は、一旦感じなければいけないので、矢継ぎ早に言葉が出てこないかもしれません。

それでもいいのです。
ゆっくり自分の言葉で話しましょう。

話すのが遅く、会話に入れないと感じたら、「ごめん、ちょっと待って。」と断りを入れてから話してもいいでしょう。

それは完璧で、きれいな言葉ではないかもしれないけれど、それでもいいのです。
自分のハートでどう感じたかを、ごまかすことなく誠実に表現できれば、心の中に平和を感じることができるでしょう。


たとえ、誰か強そうな人がいたとしても、自分のハートのスペースにいることを保つようにしましょう。
よく誰か強そうな人がいると、その人のペースに巻き込まれて、自分の考えていること、感じていることが分からなくなり、自分が何をしたいのか分からなくなってしまう方がいらっしゃいます。

そんな自分に気づいたら、できるだけ自分のハートのスペース、中心に戻るようにしましょう。

そして「自分はどうしたいのか?」と自分の意志を確認します。
相手の意図に巻き込まれて、自分のスペースを相手に明け渡し過ぎてはいけません。
聞きたくない時には「嫌だ、聞きたくない。」という意志を伝える必要があります。
相手の気分を害してしまうのではないかと恐れて、話を中断することを恐れないようにしましょう。
自分の意志、そしてハートのスペースを守るのは自分なのです。

自分のハートのスペースに常にいることができるようになることが心をマスターする道です。
イルカくんもいつも言っています。


そして普段から自分が感じたことをシェアする習慣を持つことが大切です。

そして感じたことを言語化する努力をしましょう。
言語化することによって自分自身が明晰になり、自分が何を考え、何を感じているか分かるようになっていきます。
人の表現方法で「いいな」と思うものはどんどん真似て、取り入れていきましょう。
感じたことが言語化できることで、「自分はこれでいい。」という自己肯定感が増してきます。
これは自分を理解していく、自己確立の道でもあります。


もちろん何でもシェアするのではなく、自分の話が一方的にならないように、相手が理解しているか感じ取りながら話すなど、コミュニケーションのマナーは守るようにしましょう。

自分のペースだけでなく、相手がそれを聞いてどう感じているか常に感じながら話をします。
礼儀を持って、人の領域にズカズカと入らないようにしましょう。
そして、相手が自分に時間とエネルギーを使ってくれていることに感謝しましょう。


もし強力に場をコントロールして、一方的に話す場を作ろうとする人がいれば、少し距離を置いた方がいいかもしれません。
そういった方はカリスマ性があり、みんなを引きつける力を持っている場合がありますが、その人のそばにいると何かを奪われていないか気をつけましょう。
自分のエネルギーや時間は大切です。
自ら被害者になることを選択しないでください。


ハートからのコミュニケーションに慣れていない場合、コミュニケーションがパワーゲームに陥りやすいです。
その場合、誰がコントロールするかを探り合う状態になります。
特に初対面の人同士の場合、誰が力が強いかを無意識のうちに探っています。
その場合、自分のスペースを確保しながら、できれば中立の立場をとるようにしましょう。

相手が好戦的、あるいは暴力的で、コントロールしてくる態度を変えず、ハートで繋がるのが難しいと感じたら、ハートで繋がることをあきらめた方がいい場合もあります。
どのような選択をしたらよいかも、すべてはあなたの感覚を信頼してください。


これからはますます感じること、フィーリングが鍵になって来るでしょう。


コミュニケーションについては私もまだまだ学びの途中ですが、コミュニケーションをうまくとって人生を豊かにしたいものです。


小田原篤弘

| 篤弘 | 対人関係 | 17:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
マヤの地をを訪ねて
10月にマヤの地を訪れました。

ここはメキシコの南東部にあたり、飛行機を乗り継ぎ、長旅の末ようやく着きました。

ここにはマヤの遺跡が数多く残っています。

私達は数ある遺跡の中の代表的な4つの遺跡を訪れました。


マヤというと、「13の月の暦」で知られているマヤ暦が有名ですが、彼らは天文学を発達させ、暦を始め、宇宙の動きと調和した独自の文化を創り出しました。彼らの持っていた叡智は、当時、世界的に見ても高度なものでした。

遺跡のピラミッドなどは、幾何学的にすべてが計算されて作られています。

宇宙や自然を尊び、穏やかな心を持ったマヤの人達は、どんな暮らしをしていたのでしょう?
平和で豊かで、日々充実した毎日だったのではないでしょうか。

そんな彼らのもとに、海の向こうからスペイン人がやってきました。
彼らはこの穏やかな人々を野蛮人と見なし、彼らの素晴らしい叡智も野蛮な思想として書物は焼かれ、叡智の守り手であった神官は殺され、神殿は破壊されました。
そしてマヤの人達にキリスト教を押し付けたのです。
このように先住民の文化を破壊する行為は当時の西欧ではよく行われました。

遺跡を見ながら、この時代を生きたマヤの人達に思いを馳せると、耐え難いものがありましたが、そんな中で、あるシャーマンの家系に生まれた人達は、叡智を口伝で子孫に受け継ぎ、守ってきました。
そんな家系に生まれた1人が、マヤ・イッツァエ族 長老 フンバツ・メンさんです。

兼ねてからお会いしたかったフンバツ・メンさんと今回、会うことができました。
お会いしたのは、彼が所有している儀式場でした。
本当はマヤの神殿で儀式を行いたいのですが、メキシコ政府が先住民が神殿で儀式を行うことを禁止しているため、彼が自分で儀式ができる場所を作ったのです。

彼は、マヤを感じさせる穏やかで、優しさが溢れる方でした。

彼からマヤの洗礼の儀式を受けました。

私達は現代的な刺激に慣れているために、儀式というと何かすごいことが行われることを期待してしまいますが、儀式自体は非常にシンプルで、素朴な美しいものでした。
マヤの先祖のスピリットを召喚するときも、小さいな太鼓のような楽器から素朴な音が響き渡りました。
でも、これが本当の姿だと思いました。

儀式場には、マヤの伝統的な樹がたくさん植えられ、それぞれが様々な色の花を咲かせ、果実を付け、まるで「エデンの園」のようでした。

彼は、何度もその場に咲いている花を指しては、「きれいでしょう?」と私達に問いかけてきます。
「このきれいな景色を覚えておきなさい。そして辛いときには、この景色を思い出しなさい。美しさはすべてを癒します。」と言われました。
この言葉にジーンと来てしまいました。


儀式の後に彼と話す時間を作ってくださったのですが、彼自身マヤのことだけでなく、科学のこと、他の地域の歴史や文化にも詳しい方でした。
マヤの人達の宇宙、そして自然に対する深い理解には圧倒されます。
そして話を聞く中で、日本とマヤの共通する所も感じました。
どちらももとは太陽を崇拝し、自然との調和を重んじる母系社会です。
彼らの文化を感じていると、自分達のルーツも思い出すような気がしました。
私達は、自然と伊勢神宮を思い出していました。


現代社会では、目に訴えかけるもの、刺激的なものがあふれ、素朴でシンプルなものが色あせて見えてしまいがちです。
しかし、それによって本当に大切なこと、人類の宝である叡智に目が向けられず、失われてしまえば、人類はますます暗闇へと向かってしまいます。
現在生きている私達が少しでもそれらの叡智に目を向け、先祖が持っていた叡智を取り戻し、繋ぎ合わせることができれば、また宇宙と調和した文明が創れるのではないかと思っています。


今年の3月に行ったセドナツアーでは、ネイティブアメリカンの方とお会いする機会がありました。
今回の旅では、マヤの先住民の方と会うことができました。

先住民の方々に触れると、忘れかけていた何かを思い出させてくれます。
温かい、人間にとってとても大切なこと。
彼らはそれをずっと保持し、大切にしています。
これからも先住民の人達と会う旅を続けたいと思います。


またツアーを行いたいと思っていますので、ピンと来た方は、また一緒に旅をしましょう。


小田原篤弘


マヤについての詳しい情報はこちらにあります。
NAGA K’U(ナガク’)奥義学校
http://www6.plala.or.jp/nagaku/main-nagaku.htm
| 篤弘 | 先住民族 | 15:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヒーラー養成クラスを終えて
ヒーラー養成クラスが終わりました。
受講してくださった皆様、ありがとうございました。


このクラスは、主催している私達にとっても学ばせてもらうことが多いクラスです。
今回のクラスを通して、いろいろと感じたことがありました。


ヒーラーやカウンセラーとして重要なのは、クライアントのことを判断することなく、いかに尊重できるか・・・
それはクライアントが、たとえどんな感情や考え方を持っていたとしてもです。

クライアントは、ヒーラーが自分のことをどのように見ているか敏感に感じるものです。

見下されたり、馬鹿にされていると感じれば、当然心は閉じてしまいます。
勝手にこういう人だとレッテルを張られれば、心外に感じます。


でも、ヒーラーがクライアントのことを判断することなくありのままに受け止めるには、どんな感情や考え方をも受け止める心の広さを要求されます。
クライアントは何らかの問題を持ってやって来るので、様々なネガティブな感情や考え方をぶつけてくるかもしれませんが、それに左右されることなく、ありのままのクライアント自身を受け止める必要があります。

これはヒーラーにとって挑戦です。

クライアントは、誰にも話したことのないような事を、ヒーラーに勇気をもって口を開き、自分をさらけ出そうとしているので、聖母のように、まずそれを受け止めてあげながらも、自分自身を保つ強さが必要です。


また、ヒーラーは、時にはクライアントに毅然とした態度で接することも大切です。

クライアントは自分の狭い世界観だけから物事を判断していることが多く、限られた選択肢の中で自分を見失っています。
それに気づけるように導くこと、場合によってはエゴを壊すために、ヒーラーが感じることや、意見をはっきりと伝えることも必要です。

この時ヒーラーには、「言いたいことを言う」「言ってやる」という自分のエゴからではなく、愛から伝えるという挑戦が待っています。



しかし、ヒーラーは「クライアントよりも情報を持っている」、「クライアントのことが分かる」という意識から、クライアントに対して優越感を持ってしまう場合があります。

「私のおかげであなたは癒された!」「私はあなたのことが全部分かっている」・・・
そして理解していないクライアントをさげすむ・・・
この意識でヒーリングを行うと、ヒーラーのエゴが強化され、「あなたと私は違う」という分離の意識の罠に陥ってしまいます。

もちろん、ヒーラーとしての自分を認め、自覚を持ち、責任を持ってヒーリングを行う必要があるので、「分かったことや、知っていること」を伝える場面は出てきます。

しかし、ヒーラーが「分かっている、知っている」と過度に優越感を持ち過ぎたり、「自分にはできるけれど、あなたにはできない」という見下す態度を持つと、いいことをしたつもりが、返って分離の意識を強め、傲慢になっていくのです。その結果、スピリットからどんどんと離れていってしまいます。


これもヒーラーの自己成長のプロセスなのですが、このようなセッションを行うヒーラーからは、クライアントが離れていくか、クライアントがヒーラーに頼ってしまう、依存の関係になっていきます。
クライアントを競争相手や弱い者としてではなく、信頼関係を築こうとしている対等な立場として見なければいけません。

ヒーラーの視点から見て、クライアントの状況が分かっていようとも、それはヒーラーの視点であり、絶対的ではないこと、真実はクライアントの中にあることを信頼し、クライアントの意志を尊重することを忘れてはいけません。



心のあり方がすべてを決めます。
ヒーラーの心のあり方が、ヒーリングの場のエネルギーを作り出し、エネルギーの流れも決まってきます。
心のあり方が正しければ、間違えた方向に行くこともなく、たとえテクニックが未熟でも、それをカバーできます。

しかし、心のあり方が正しくなければ、どんなにテクニックを尽くしても、予期せぬ方向に行ってしまうものです。
もちろんヒーリングは、高次元の存在のサポートの中で行うのですが、高次元の存在に対する謙虚な気持ち、受け入れ、ゆだねる心構えがないと、せっかくのサポートもブロックしてしまうことになります。



ヒーラーは、クライアントの表に表れている人格や問題ばかりに捕らわれることなく、クライアントのスピリットを見て、クライアントの持つ可能性を信頼することがヒーリングにおいて何よりも大切なことです。
たとえクライアントがどんなに大変な状況であろうともです。

クライアントのスピリットの神聖さを見い出し、尊敬の念を持つのです。
今世だけではない、長い年月をかけてクライアントのスピリットがどこへ向かおうとしているのか、今、何故スピリットがあえて問題を引き起こしているのかの壮大な計画を見るのです。

そしてどのスピリットもある目的に向かって進もうとしているという真実と、その神聖さに敬意を持って接します。



ヒーリングにおいて、クライアントへも、自分へも、完全であるスピリットに意識を向け、クライアントを敬う気持ちや、クライアントに奉仕するという心を持ち、クライアントから学ばせて頂いているという姿勢が大切です。


クライアントを敬う気持ちを持てたとき、自然とクライアントに奉仕したいという念が沸いてくるでしょう。
それは使命感のような、突き動かされる感覚かもしれません。
そして、どのようなクライアントをも判断することなく受け止める強さが与えられ、ヒーラー自身もハートが開き、繊細で、傷つきやすい状態でありながらも、確固たる信念を持ってクライアントの前にいることができるのです。


そのときスピリットとスピリットが溶け合い、劇的な変容が起こります。
セッションというわずかな時間で、一生分の成長を経験することもあります。

それは、魔法のようでもあり、錬金術のようでもあります。
ヒーラーとしての心のあり方がベースにあった上で、クライアントが変わりたいと魂から望む時、このような結果がもたらされるのです。

どんな仕事も奉仕なのですが、特にヒーリングはクライアントのスピリットレベルにまで働きかける仕事です。
セッションが終わった時には、涙が出るような感動的なものとなります。

「させていただいた」という何とも言えない謙虚な喜びや充足感、平和な感覚があふれ、自然にクライアントに感謝したくなります。
そして、この限られた瞬間を共有することになった出会いの奇跡を感じつつ、心からありがとうという気持ちが湧いてきます。



日本人は自然を崇拝し、親や先祖、あるいは先生や先輩を敬うなど、謙虚さを持ち、「尊敬の念」を大切にしてきました。
現代では忘れかけていますが、今一度思い出す時期が来ていると思います。



これはセッションという限られた時間の中だけではなく、日常の人間関係においても大切にしたいことであり、私達が一番伝えたいことの一つです。

ドルフィンライフマスタリースクール 小田原篤弘
http://www.dolphin-life.com/index.html

ヒーラー養成クラス
http://www.dolphin-life.com/class/healer.html
| 篤弘 | ヒーラー | 17:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
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